宮沢賢治の著作に『土神ときつね』という物語があります。
綺麗な女の樺の木に想いを寄せる、
正直な土神と不正直な狐が登場するお話です。
釜猫はこれまで、土神よりも狐に同情的でしたが、
ちかごろ見る夢を思い返すと、土神の心中を
推すことも出来そうです。
夢の中で釜猫は、今よりも ずっと年上の男性で、
同じ年頃の女性に恋をしています。
おそらく、もっと若い頃には彼女と寝たことも
あるでしょうが、今となっては互いを想う
心は持ち続けていても、激しい恋愛に落ちることを
双方、諦めており(あるいは、恐れており)仲の良い
友人として付き合っています。
釜猫の周りには、どのシーンでも常に複数の
見知った友人たちが いますが、主要な人物は
釜猫と先述の女性と、もう一人しかいません。
そのもう一人は、釜猫の学生時代の知人を
モデルにしているイメージがあり、当時と同じく
釜猫は良い印象を抱いておりません。
彼は臆病で、人をそしることを生きがいとし、
皮肉屋で、ささいな恨みを忘れることが出来ず、
無知な上に口下手でありながら、理屈張ることを
愛する人物で、彼を眼前にした釜猫は、
内から沸き起こる憎しみと嫌悪感を抑えきれず、
口論を仕掛けます。
時には暴力にまで発展し、相手が屈服したところで、
釜猫は周囲に なだめられることで落ち着きを
取り戻します。
そして、みじめな姿になった知人を、誰よりも
思いやりに満ちた彼女に委ねることに
なってしまうのです。
知人を彼女に預けることで、釜猫の胸には
悔しさが広がり、更に釜猫の口から彼女に
頼み込むことで、知人が受けた屈辱を
自身が受けるような心地さえ感じます。
その場を去ろうとする彼女の背を見たとき、
釜猫は不安感に駆られて彼女に再会を
申し出ます。
振り返った彼女は、困惑した微笑とともに
差し出した釜猫の手を軽く握り、今度こそ
去っていきます。
残された釜猫は、周囲の目も忘れて
天を仰ぎ、喉が枯れるほどの大声を出して、
慟哭するのでした。
夢から覚めた釜猫は、冷静に夢の内容を
反芻し、分析に努めています。
上記の夢において釜猫は、自身の無思慮な
行為によって、大切なものを失ってしまう。
あるいは、失ってしまったという思考に
陥ってしまいます。
そうした結論に至る心情を見ていくと、
土神の苦悩も同様ではなかったかと想像してみる
ことも出来る気がします。
ただし、その過程において恐ろしいまでに情けなく、
恥辱をかき立てられる思いを、自らに課すことにも
なりますが。
釜猫もまた、卑賤な人間であるがゆえに。
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